阪神・淡路大震災から12年

 目覚めたのが5時過ぎですが,これは昨晩久しぶりに風呂に入り(!),熟睡できたからでしょう.しかし,12年前は激しい揺れで目覚めたのでした.当時私は三重県松阪市に単身赴任していましたが,週末のセンター試験を終えて自宅に帰っていたのでした.ただならぬ揺れに起こされて本棚を押さえ続け,揺れが収まると上の子供たちの様子を見に行って無事を確認しましたが,幸い当時の上鳥羽の家付近ではほとんど被害もなく,風呂場の壁に亀裂が入った程度でしたね.しかし,揺れの直後につけたテレビの映像が朝の生番組のオープニングで,すぐに画面が消えてしまったことに,不安を増大させたことを思い出します.阪神・淡路大震災から12年が経ったのです.

 毎年のように思い出すことですが,私の生家のある兵庫県猪名川町では,震災の数ヶ月前から小さな揺れが繰り返され,「何か変,何か起こる」とあちこちで囁かれていたことを聞いたのは地震の後.その後,地震計が設置されて,テレビの速報に地名が表示されるようになりました.地震直後に母に電話したときはすぐに通じて無事を確認できましたが,時間の経過とともに電話が繋がりにくくなったのでした.結局その日はテレビの前から一歩も離れず,あるいは動けずにいたのでした.あれから12年,あれこれ思いを巡らす一日が始まります.

2 thoughts on “阪神・淡路大震災から12年

  1. chiaki

    今日は5時前から目覚め、テレビをつけてなぜかあの瞬間を息をひそめて待つような気分でした。当時京都市内のアパートで揺れてコタツの上のものが滑り落ちた程度でしたが、京都市内の大学にいつも通りに出勤して、
    はじめて大惨事を知りました。
    金蘭の指定病院が中山寺にあって、2月に倒壊した家屋を目撃しました。あれから12年弱、はりまやさんともども同じ学園で働いているんですが、いろんなことがあったよなあ・・とそちらの感慨のほうが大きいです。

  2. satoshi-k

    地震の3分ほど前、何故か目が覚め起き上がったとたんにグラグラと大きな揺れが・・寝室は箪笥に囲まれているため、慌ててカミサンをおこし子ども部屋へ・・揺れが治まってからテレビをつけて・・・12年も経つのにはっきりと覚えています。熊野にいてあの揺れ・・近々予想されている東南海地震が起きたら・・と思うとぞっとします。

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