2003-01-31

 尾鷲から熊野まで、JRの鈍行で移動。通学時間の後故、がらがらかと思いきや、以外にたくさんの人が利用されていました。ちょっと驚き。約40分でつきます。 今回の目的は、熊野市役所水道課での聞き取りと資料収集。大都市と異なって水源や水質にはあまり問題はないのですが、もっとも困っていることは、東南海地震対策としての配管の取り替え。莫大な費用がかかるためにその捻出に四苦八苦されているとか。

 午後は、友人の車で、ミカン園の現状を見に金山地区へ。熊野市の南隣の御浜町は「年中みかんのとれる町」を町のキャッチコピーにしています。この時期は袋をかけられたセミノールがありましたが、私のお目当てはサマーフレッシュ。昔からある夏みかんの流れをくむこのみかんは、当地でしか栽培されていません。酸っぱさを好まない人もいますが、私としては、懐かしい酸っぱさと果汁がさほど無いために扱いやすいので気に入っています。
 ミカン園からの帰途、「鈴木孫市の墓」を見に行きました。東紀州活性化大学8期生のM君たちのグループが調べていたものですが、鉄砲で有名な雑賀衆のリーダーで、この地へ逃れてきて最後を迎えました。いままで見たことなかったので立ち寄りました。子孫の方でしょうか、いくつも墓石があって、綺麗に手入れされています。 最後に、いつもオンラインでみかんを購入している御浜柑橘にお邪魔して、ポンカンを仕入れました。今年は入荷が少ないとかで、オンライン販売はないのです。

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