補遺

 このブログは気の利いた文章で多くの読者を集めよう・・・,などというものでは毛頭無く,「記憶から記録へ」という原則に則った私的備忘録.にもかかわらず,ここしばらくは多忙と疲労でいろいろと記録すべきことが抜け落ちております.昨晩も風呂の順番を待つ間に変な時間に寝てしまい,変な時間に起き出してきました.ともかく,忘れないうちにメモだけでも綴っておくことにします.

●母の入院
 1月12日(金)だったと思うのですが,嫂から電話「お母さんを入院させました」.実は,年末に帰ったときにあまりの弱りぶりにだいぶ心配をしていたのです.本人は「呼吸が苦しい」とのこと.色々と話を聞いたツレアイからは,肺に水が溜まっている気配があり心臓も心配だから,できるだけ早めに検査をと.帰宅してからは正月明けにこちらで入院させようかとも考えていたのです.嫂は以前は母と同居していたので,時々様子を見に行ってくれるので,いわば母の日常を一番よく知る存在.その彼女の判断には本当に助かりました.昨日の昼過ぎに彼女から電話があり,「本日退院します」とのこと.詳細はまだ聞いてはいないのですが,本人は元気いっぱいということで一安心.

送別会●卒業生からの電話
 20日(土)のセンター試験一日目終了後,西院からタクシーに乗って間もなく到着という寸前に携帯に着信が.未登録の番号でしたが,なんと前任校のゼミの卒業生からでした.いったん電話を切って車を降りてからリダイアル.彼女は2003年3月の卒業生で,鳥羽在住のMさん,家族で京都へ遊びに来たとか.卒業以来顔は見ていない(と思う)のですが,電話で喋ったことはあった(ような)気がします.というのも,例によって「どうしてる?」と笑福亭鶴瓶風の質問をすると,「前と同じですよ」.これがわからん,「あれ,そうやった?」などととぼけると,「まだ玉城で働いています」とのこと.もちろん私には(三重県玉城町)で彼女が何をしているのか見当も付きませんが,この一言で,顔は合わせずとも電話でのやりとりがあったことが判明しました・・・,と,ここまで書いてやっと思い出しました.そう,卒業後に一度会ってる! というのも,2004年3月20日,私が前任校を退職するということで,ゼミの卒業生が集まって送別会をしてくれたのでした.その証拠写真がこれ.確かに,Mさんもその中にいましたね.大変失礼しました.時々コメントをくれるかっきんも来てくれたのですが,どうやら彼がシャッターを押した写真のようです.

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