飯沼二郎さんが亡くなられました。70年代の半ば頃には、いろんな集会や「七・四通信」(京都で韓国・朝鮮問題に取り組むグループの情報誌)の編集会議など、毎週のようにお会いしていたのですが、最後にお見かけしたのはいつのことか。私は30を目前に大学院に進学したのですが、ここでは飯沼さんのはるか後輩ということになります。いつだったか、「京都大学新聞」の記事の見出しに、「百姓に学歴はいりませんが、学問は必要です」とあったのが、印象に残っています。
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