2001-07-02

 久しぶりに東京へ行って来ました。国土交通大学校の研修で講義を頼まれたのです。昨年、紀勢国道工事事務所の仕事で「地域づくり交流会」という、住民と建設省(当時)との意見交換の場のしきり役をしました。その関連で、今回は東紀州の地域づくりの事例報告をしてほしいとの要請がありました。講義は午前中に片づいたので、お昼に友人と待ち合わせ、場所は新宿東口。南口から西口へと新宿の変貌ぶりを教えていただきました。私よりも年長の彼は懸案の内臓の病気が一段落ついたとかで、それを記念してビールで乾杯!その後、京王プラザで情報交換しながらまたビール!いやぁ、昼間のビールはうまい!しかし、病み上がりの先輩に昼間からビールをつきあわすというのは、あまり感心しませんね。反省、反省。
 その後、短時間ですが都庁を見学に。しかし、こんな建物で、こんなでっかくて、初めてゆっくりと眺めたのですが、言葉がでません。まぁ、都民ではないのでどうでもいいといえばそれまでですが。

2001-06-26

 今年も紀南健康長寿推進協議会ではまちづくり塾を開催します。今日はその開講式。昨年は申込者が多すぎて困りましたが、今年は25名とちょうどいい数。私の方から昨年度の経過報告と今年度の方向性について少し話をし、その後出席者の自己紹介。2班に分かれてグループワーク。今回は最初なのでみなさんの親睦を第一義に。今後原則として第3火曜日の夜に行います。

2001-06-21

 20(水)21(木)の両日、入試業務で京都府北部へ出張していました。泊まりは舞鶴市。舞鶴といえば・・・「引き上げ」、これは50代以上の方。海上自衛隊・・・、これは軍国少年か。今はやはり「赤れんが」でしょう。いまαステーションを聞けば、夏に行われる舞鶴赤れんがフェスティバルのイベント案内が流れています。とはいっても、仕事での出張ですから、残念ながら赤れんが博物館や港見物はパス。しかしそこはそこ、フィールドワーカーとしてのネタ探しは忘れてはいけません。今回の舞鶴ネタは二つ。一つはこの街灯兼看板。国道27号線沿いで舞鶴港第二埠頭への侵入路にあるものですが、英語はもちろんのことロシア文字があるあたり、やはり日本海側ですね。もう一つは、西舞鶴駅で見つけたお菓子の宣伝。でました、「岸壁の母」!あの歌は二葉百合子でしたっけ?ともかく、50代以上の方には忘れられない歌ですよね(私は40代ですが)。ともあれ、小樽ほどの派手さがないぶん、一度ゆっくり歩いてみたい、そんな気がしました。舞鶴市のページ、結構内容があります。

2001-06-19

 17(日)18(月)の両日、秋の合同調査のための予備調査に行って来ました。毎年のことながら、地元の方のご好意がありがたく、また、今年も有意義な調査が出来そうに感じています。さて、新ネタ二つ。一つは、「徐福は山にいた!」熊野市から奈良方面へ走ると、飛鳥町から五郷町へ。その五郷町へ入ったあたりに中華料理の店発見、その名も「中華菜館徐福」。あいにく準備中で中へはいることは出来ませんでした。二つ目は、「鬼の国、鬼を売る!」。道の駅きのくにでは、鬼の国物流の商品を販売していますが、なんと「オニ売り場」発見!これは同行したI川さん(京大3回生)が最初に気づきました。

2001-06-12

 来客の多い一日でした。伊賀広域事務所から秋のシンポジウムの打ち合わせ。中日新聞から原稿の相談。そして、卒業生のK君からの電話。4年前(?)の卒業生ですが、現在はフリーのカメラマン。久しぶりに愛宕町のAでおいしいお酒をいただきながら四方山話。この店は日本酒の種類の多さと、ハタハタ・ショッツル・稲庭うどんなどの秋田料理が魅力。時々お世話になっています。

2001-05-27

 紀和町丸山千枚田の田植えの集いに行って来ました。私の演習を受講している3年生6名、4年生4名と一緒です。あいにくの雨でしたが、田植えに雨は悪いものではありません。3年生には「必修科目」なので、合羽を着込んで全員素足で田圃に。地元保存会の方のご指導を得ながら、みんな頑張りました。植え終わった田圃は多少不揃いのところもありますが、ま、それはご愛敬。
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2001-05-24

 地域興しマイスターという仕事を仰せつかっています。中山間地域を元気にする取り組みのためのアドバイスをする仕事です。今日は大内山村へ呼ばれ、地元の女性グループ「あーるの会」の方々との懇談会です。「あーる」というのはRecycle の頭文字をとったもので、牛乳パックの再生や空き缶回収、古毛布の海外援助などに取り組んできたグループです。自分たちの活動を見つめなおして次のステップへのヒントをつかみたい、というのが今回の懇談会の動機でした。
 実は、一昨年にこの地域の広域の勉強会を松阪大学で行いましたので、私のことをご存知の方ばかりでした。申し訳ないことに、事務局と私のほうとの相談が不十分で、必ずしも彼女たちの次のステップのヒントをつかむところまでは行くことができませんでした。それでも、皆さんほんとに元気な方ばかりで、悩む前に体が動いて行くというタイプの方ばかり。それほど心配する必要はないのではと感じました。

2001-05-20

 親孝行続編。午後の新幹線で福岡へ戻る義母の希望で宇治平等院へ。私も久しぶりだったのですが、今年の3月に新しい資料館がオープンしていました。その名も鳳翔館。いやぁ、これは楽しいですよ。なんといっても、「雲中供養菩薩」の展示が面白い。これは、本来鳳凰堂に飾られていたものを、博物館にうつして見やすくしたものです。本尊の阿弥陀如来像と共に定朝の作といわれていますが、躍動感があって楽しげで、時間を忘れて見とれてしまいます。母は女学校の修学旅行以来何度も京都へきていますが、「ひょっとするとこれが最後?」という気分があったのですが、少し足が衰えたとはいえ予想以上に元気で安心した次第です。

2001-05-19

 ツレアイが仕事で福岡出張、ついでにと言ってはなんですが、ご無沙汰続きの義母を京都へ招くことに。我が家の狭い階段だらけの部屋では足の悪い彼女には無理、急きょホテルを取って18日(金)無事到着。しかし、新幹線ホームから駐車場までにかなりの時間をかける。ま、杖をついて自分で歩けるのだからいいじゃないか。
 さて、19日(土)は私の実家の母との十数年ぶりの対面。実は同い年。せっかちな実母とのんびりやの義母。そばで聞いていると、会話のタイミングが合わないのがおかしい。ありあわせの簡単な昼食の後、車で一時間程度走って、丹波・立杭焼きを見に行きました。

2001-05-01

 徐福の研究をされているシホさんと熊野でお会いしました。本来は連休を丸まる利用して、家族と一緒に調査&キャンプを楽しまれるはずだったのですが、息子さんがおたふく風邪にかかってしまい、急遽戻られることに。結局、今日半日行動を共にしました。前日に波田須でインタビューをされたということと、一緒にきているお嬢さん(サホちゃん)が「石がすき」ということで、丸山千枚田によってから北山川の河原で石探し、次に七里御浜で川の石と海の石の比較研究。松本峠からの七里御浜の眺めを楽しんでから、ウミガメ公園へ。しかし、観光客が増える時期なのに16時閉館というのは解せない。昼食をはさんでいろいろとお話したのですが、地域づくりと徐福の関わりについての話など、なかなか面白いお話を聞くことができました。今後ともいいお付き合いができればと思っています。